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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)2505号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。

1 成立に争いない甲第二号証(願書添付の明細書)及び第六号証(手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について左記のような記載があることが認められる(別紙図面一参照)。

(一) 技術的課題(目的)

本願発明は、フローテイング・ゲート(以下「フローテイングゲート」という。)の一部領域とドレインの一部領域とが重なり合つている、フローテイングゲート型電界効果トランジスタから成る、電気的書換え可能な不揮発性メモリの製造方法の改良に関する(明細書第一頁第一七行ないし第二頁第二行)。

第1図は従来の電気的書換え可能な不揮発性メモリを示すものであつて(同第二頁第三行ないし第六行)、情報の書込みは、ワードライン6(コントロール・ゲート(以下「コントロールゲート」という。)5によつて構成される。)及びビツトライン4に電圧を印加することによつて、ドレイン領域3からフローテイングゲート7ヘ電子が注入され、電子がフローテイングゲート7に蓄積されることにより行われる(同第二頁第一二行ないし第一四行、第一九行ないし第三頁第四行)。情報の読出しは、ワードライン6及びビツトライン4に電圧を印加しアドレスすることによつて、電流がビツトライン4に流れることにより行われる。なお、情報の消去は、ワードライン6及びビツトライン4に情報書込み時とは逆の電圧を印加することによつて、電子がフローテイングゲート7と重なり合つているドレイン領域3に放出することにより行われる(同第三頁第四行ないし第一四行)。

このように機能する不揮発性メモリにおいては、「フローテイングゲートとドレイン領域が重なり合つている領域」における絶縁層の特性が、メモリの保持特性及び劣化特性に重大な影響を与える。すなわち、メモリの良好な特性を得るには、「フローテイングゲートとドレイン領域が重なり合つている領域」に、良好な絶縁層を形成しておくことが必須である(同第三頁第一五行ないし第四頁第一行)。

本願発明の目的は、メモリの保持特性及び劣化特性が優れた、フローテイングゲート型電界効果トランジスタから成る、電気的書換え可能な不揮発性メモリの製造方法を創案することに存する(同第四頁第二行ないし第五行)。

(二) 構成

右課題を解決するために、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものであつて(手続補正書第二頁第二行ないし末行)、要するに、「フローテイングゲートとドレイン領域が重なり合つている領域」の絶縁層をいつたん除去した後、同領域に良好な絶縁層を再形成することを技術的思想の該心とする(明細書第四頁第七行ないし第一一行)。

本願発明の方法を実施例によつて説明すると、左記のとおり一一工程となる(同第四頁第一四行ないし第九頁第一二行)。

a p形にドープされたシリコン基板11の表面に二酸化シリコンの絶縁層12を形成した後、メモリ素子形成予定領域13から絶縁層12を除去する、素子分離をなす工程(第2図)

b メモリ素子形成予定領域13上に、薄い二酸化シリコンの絶縁層14を形成する工程(第3図)

c ウエーハ全面にレジスト膜15を塗布した後、「フローテイングゲートとドレイン領域が重なり合う予定の領域16」から、レジスト膜15を除去する工程(第4図)

d 「フローテイングゲートとドレイン領域が重なり合う予定の領域16」に、絶縁層14を通して、イオン・インプランテーシヨン法によつてn形不純物を注入する工程(第5図の17が、n形不純物を含有するドレイン領域の一部である。以下、「ドレイン領域の一部17」という。)

e レジスト膜15をマスクにして、「フローテイングゲートとドレイン領域が重なり合う予定の領域16」から、絶縁層14を除去する工程(第5図)

f ドレイン領域の一部17上に、二酸化シリコンから成る良好な絶縁層19を、一〇〇ないし二〇〇Å程度に形成する工程(第6図)

g 不純物を含む多結晶シリコン層を選択的に形成して、フローテイングゲート18を形成する工程(第6図。フローテイングゲート18の一部は、ドレイン領域の一部17上に新たに形成された、良好な絶縁層19の上に形成される。)

h フローテイングゲート18の表面に、二酸化シリコンの絶縁層20を形成する工程(第7図)

i フローテイングゲート18の上層及びワードライン形成予定領域上に、多結晶シリコン層を選択的に形成して、コントロールゲート21を形成する工程(第7図)

j ソース領域22、及び、ドレイン領域の一部17を除くドレイン領域23をレジストで覆つた後、ソース領域、及び、ドレイン領域の一部17を除くドレイン領域23に、イオン・インプランテーシヨン法によつてn形不純物を注入する工程(第7図。この工程で形成されたドレイン領域23と、dの工程で形成されたドレイン領域の一部17nが結合して、ドレイン領域をなす。ただし、ドレイン領域23の上層は古い絶縁層14であるが、ドレイン領域の一部17の上層は、イオン・インプランテーシヨン完了後に改めて形成された、良好な絶縁層19である。)

k ウエーハ全面を絶縁し、ドレイン領域23から燐珪酸ガラス層及び絶縁層14を除去し、ドレイン用電極・配線ボンデイングパツド等を形成し、最後に表面安定化膜を選択的に形成する、通常の工程

(三) 作用効果

本願発明によれば、メモリの保持特性及び劣化特性が優れた、電気的書換え可能な不揮発性メモリを製造することが可能である(同第九頁第一三行ないし末行)。

2 右認定によれば、本願発明は、電気的書換え可能な不揮発性メモリにおいてはフローテイングゲートとドレインが重なり合う領域における絶縁層の特性がメモリの特性を左右するとの知見に基づいて、同領域の絶縁層の形成工程の改良をその技術的思想の核心とするものであることが明らかである。

3 一致点の認定について

引用例に「ドレイン領域46及びチヤンネル領域48にまたがつて薄い二酸化シリコン層54を形成した不揮発性半導体メモリ」が記載されていることは原告も認めて争わないところであるが、原告は、「引用例にはそのようなメモリの製造方法、とりわけ、ドレイン領域の一部領域上の絶縁層を除去することは開示されておらず、審決の一致点の認定は誤りである。」と主張する。

そこで、成立に争いない甲第三号証によつて引用例記載の技術的事項を検討するに(別紙図面二参照)、引用例記載の発明は二重ゲート電界効果トランジスタの製造方法に関するものであつて(第二頁右上欄第一七行及び第一八行)、従来技術の素子、例えば図1に示されているアメリカ合衆国特許第三六六〇八一九号発明はフローテイングゲートが紫外線又はX線によらなければ電荷放出し得ず(第三頁左下欄第一一行ないし右下欄第九行)、また、図2に示されているアメリカ合衆国特許第三七九七〇〇〇号発明は消去動作のために高電圧を要求するのみならず、フローテイングゲートが低い不純物濃度を要求する(第三頁右下欄第一一行ないし第四頁左上欄第一〇行)との問題点を有するとの知見に基づいて、新規かつ改良された不揮発性電界効果メモリ構造の製造方法の創案を課題として(第四頁左上欄第一一行ないし第一三行)、「ソース領域、チヤンネル領域およびドレイン領域を含む能動半導体領域から構成され、第一ゲート電極は前記半導体領域上に配設されかつ前記半導体領域上に配設された第一の誘電体層によつて両者の間が電気的に絶縁されており、そして、第二ゲート電極は前記第一ゲート電極上を覆いかつ前記第一ゲート電極上に配設された第二誘電体層によつて両者の間が電気的に絶縁されている型の電界効果トランジスタの製造方法において、

開口部を形成するために前記第一の誘電体層上の一部を除去する工程、

前記開口内であつてかつ前記半導体領域に接近して前記第一の誘電体層よりも薄くかつ該第一誘電体層内の凹所に設けられる新しい誘電体層を形成する工程、

そして、

前記凹所内に突出した部分となるように前記第一ゲート電極を形成する工程

の各工程を有する電界効果トランジスタ素子の製造方法」及び、右製造方法によつて製造された電界効果トランジスタメモリ素子構造を特許請求の範囲とするもの(第一頁左下欄第五行ないし第二頁右上欄第一一行)と認められるが、引用例には、本願発明がその技術的思想の核心とする「フローテイングゲートとドレインが重なり合う領域における絶縁層の特性がメモリの特性を左右する」との知見は開示されておらず、したがつて、同領域における絶縁層の形成工程について、本願発明が要旨とする技術的事項が明快に開示されているとはいえない。

しかしながら、前掲甲第三号証によれば、引用例には、「第3d図において、sio2層50の所定部分52がエツチングによつて除去され、それによつてシリコンサブストレート面が露出した後の製造工程が示される。sio2層のこのような除去された部分の位置および寸法は素子の所望の電気的特牲によつて変えることができる。」(第七頁右下欄第三行ないし第八行)、「第3d図のsio2層50におけるこの開口52は、たとえばそれぞれ第5図および第6図に後掲するようにソース領域またはドレイン領域上に設け、また他の場所を設けることもできる」(同頁右下欄第一〇行ないし第一四行)と記載されていることが認められるから、引用例に、ドレイン領域上のsio2層の所定部分をエツチングによつて除去しシリコンサブストレート面を露出する技術が開示されていることは否定し得ない。

もつとも、前掲甲第三号証を精査しても、引用例には、いかなる技術的課題を解決するためにドレイン領域上のsio2層の所定部分を除去開口する工程が採用されるのかについての記載は存しないと認められる。

しかしながら、成立に争いない乙第一号証(徳山巍著「エレクトロニクス技術全書3 MOSデバイス」株式会社工業調査会昭和四八年八月二〇日発行)によれば、その第一七六頁第二六行ないし第二九行、及び、第一七五頁の図4<省略>74には、標準的なMOSFETの製作手段として、ゲート電極が形成されるべき部分上に形成されたsio2膜をエツチングによつていつたん除去した後、ゲート領域の絶縁膜となるsio2膜を清浄環境下で改めて形成すること、及び、その形成法によつてデバイスのしきい値電圧あるいは特性の安定性が決定されることが記載されていることが認められ、結局、ゲートとドレインが重なり合う領域における絶縁層の特性がメモリの特性を左右するとの知見は、本件出願前に周知であつたと認めることができる。それゆえ、引用例の前記のような記載に接したとき、ドレイン領域上のsio2層の所定部分の除去開口は、メモリの保持特性及び劣化特性を改良するとの課題を解決するため新たなsio2膜を形成する目的をもつてなされるものであると理解することは、当業者ならば容易であつたと解するのが相当である。引用例記載の発明の「第二熱酸化工程」によつて成長される「薄い二酸化シリコン層54」(前掲甲第三号証の第七頁右下欄第一五行ないし第一七行)が、図3eに示されているように、シリコンサブストレート40の全面にわたつて形成され、本願発明の「良好な絶縁物層19」のように「フローテイングゲートとドレインが重なり合う領域」のみに形成されるものではないことは、右判断の妨げとならないというべきである。

以上のとおりであるから、引用例には「基板にドレイン領域を形成した後、基板上に絶縁膜を形成してドレイン領域を被覆し、その後ドレイン領域の一部領域上の絶縁膜を除去し、露出された一部領域上に新たな薄い絶縁膜を形成し、次いで、右一部領域を含む領域上にフローテイングゲートを形成すること」が記載されているとし、本願発明と引用例記載の発明は、「ドレイン領域の一部領域上の絶縁膜を除去した後、右一部領域上に再び絶縁膜を形成し、次いで、右一部領域を含む領域上にフローテイングゲートを形成する」点において一致するとした審決の認定が誤りであるとはいえない。

4 相違点の認定について

原告は、「本願発明は「ドレイン領域形成予定領域」のうち「フローテイングゲートと重なる一部領域」と「その余の領域」とを別個の工程によつて形成するが、引用例記載の発明のドレイン領域は全体が同一の工程によつて形成されるものであつて、両者は相違するのに、審決はこれを看過している」と主張する。

確かに、本願明細書に記載されている本願発明の実施例においては、「ドレイン領域形成予定領域」のうち「フローテイングゲートと重なる一部領域」と「その余の領域」が別個の工程(前者は工程d、後者は工程j)によつて形成されることは、前認定のとおりである。しかしながら、前掲甲第六号証によれば、本願発明の特許請求の範囲には「ドレイン領域形成予定領域」のうち「フローテイングゲートと重なる一部領域」以外の領域の形成工程については、何らの記載もないことが明らかである。

それゆえ、本願発明は、「ドレイン領域形成予定領域」を部分的に別個の工程によつて形成することを要旨とするものではないから、原告の右主張は、本願発明の要旨に基づかないものといわざるを得ず、失当である(念のため付言するに、前認定の本願発明が奏する作用効果は、専ら、フローテイングゲートの一部とドレイン領域の一部を隔てる絶縁膜の特性に依存するのであつて、ドレイン領域を部分的に別個の工程によつて形成することに依存するものでないことは明らかであるから、原告の主張に係る右の点は技術的に格別の事項といえない。)。

5 相違点の判断について

原告は、「引用例記載の発明と周知例記載の方法は、不純物導入工程とゲート形成工程が逆であるから、引用例記載の発明に周知例記載の方法を適用することは容易でない」と主張する。

しかしながら、前掲甲第三号証によれば、引用例にはドレイン領域をイオン注入法によつて形成することが記載されているところ(第七頁右上欄第一八行ないし第二〇行)、イオン注入に先立ちイオンを注入すべきでない領域をフオトレジスト等で覆つてマスクすることは、本件出願前の周知技術である(例えば、成立に争いない乙第二号証(昭和五一年特許出願公開第一九四七五号公報)の第一頁右下欄第二行ないし第一一行参照)。そして、周知例記載の各発明においては、先に形成されたゲート電極が、イオンを注入すべきでない領域のマスクとして機能することは、技術的に明らかである。それゆえ、引用例記載の発明におけるイオン注入に際して、周知例に記載されている「絶縁膜を通してイオンを注入する技術」を適用することは、当業者ならば何らの困難もなくなし得た事項というべきである。

したがつて、審決の相違点の判断に誤りはない。

6 以上のとおり、審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告主張の違法は存しない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。

〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。

フローテイングゲートの一部と、基板内に形成されたドレイン領域の一部とが重なり合つた、電気的書換え可能な不揮発性メモリの製造方法において、

該基板のドレイン領域形成予定領域の一部領域に、該基板上に形成された絶縁膜を通して不純物を導入した後、

該ドレイン領域形成予定領域の該一部領域上の該絶縁膜を除去して、

該一部領域上に再び絶縁膜を形成し、

次いで、該フローテイングゲートを、該一部領域を含む領域上にパターニング形成すること

を特徴とする、電気的書換え可能な不揮発性メモリの製造方法(別紙図面一参照)

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

別紙図面一

<省略>

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別紙図面二

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